ふじみ野市不動産センター

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不動産売買の専門店
ふじみ野市不動産センター

気軽に事前相談ができる地元の不動産屋です!

ふじみ野市不動産センターってどんな会社?

会社概要

屋号 ふじみ野市不動産センター
会社名 有限会社 エスケイ不動産センター
開業日 平成14年4月21日
免許番号 埼玉県知事(3)第20018号
代表者 柴崎 正行
所在地 埼玉県ふじみ野市上福岡1-14-40 シオン上福岡1F
E-mail info@skfudousan.com
電話 049-269-1076
営業時間 9:00~19:00
定休日 水曜日(正月・GW・お盆休みあり)

青い看板が目印です!

店舗外観

地図

地図

代表者ご挨拶

当社ホームページをご覧頂きありがとうございます。ふじみ野市不動産センター代表の柴崎と申します。

私は平成14年に脱サラし、地元の上福岡で開業して15年目になります。開業時に読んだ本によれば、「開業して1年で約4割が廃業し、10年間経営している人は2割弱だけ」つまりほとんどの人は失敗するというこの厳しい現実の中で、ここまで続けてこられたのはラッキーだと思うのと同時に、やはりこれまで当社(私)を信じて仕事を依頼してくださった地元の皆様のお蔭と深く感謝しております。ありがとうございます。

当社は社員一人だけの小さな街の不動産屋です。大手不動産会社のように立派な店舗も無く、チラシを大量に撒く資金力も無く、スマートな営業もできません。それでも、不動産のことで困った方が『気軽に相談できる地元の不動産屋』になろうと考え、これまでお客様の話しに耳を傾け、それに対してプロとしてのアドバイスをする。それを繰り返してきた14年間だったように思います。

不動産の売買なんていうことは一生のうちでも一度か二度。それでもどうしても避けて通れないこともあると思います。皆さんはそんな場面に向き合った時に相談できる相手はいらっしゃるでしょうか?

「大手不動産会社に行けば、マニュアル的に扱われてしまうんじゃないか?」
「イケイケの不動産会社に行けば、しつこく営業されるんじゃないか?」

誰でも不動産という大事な財産のことだからこそ、プロの意見を参考にしながらも最後は自分なりの納得した進め方をしたいに決まっています。私は、そんな時にこそ頼ってもらえる不動産屋でありたいと思っています。

これからも自分の住居を構えるこのふじみ野市で、不動産のことで困った方の相談相手になり、少しでもお役に立てるよう頑張っていく所存です。引き続きよろしくお願いいたします。

代表の柴崎です不動産屋のひとり言ブログ 日々更新中

代表の柴崎です

代表者プロフィール

代表者 代表取締役 柴崎正行 ※宅地建物取引士(埼玉)第048992号
生年月日 昭和36年8月17日生(うし年・獅子座)
経歴 川越高階南小 → 高階中 → 川越高校→駒澤大学卒業後、17年間勤務したコンピュータ会社を早期退職し、地元の上福岡にて開業。
経営方針 従来の押し売りやマニュアル的な営業スタイルではなく、気軽に相談できる地元密着型の街の不動産屋として、買う人・売る人のお手伝いをする。
家族 妻・大学生の娘と息子の四人家族。 今春から息子も晴れて大学生に。二人とも青春を謳歌しています。
あてもなくブラブラと世界中を旅すること。これまで、アメリカ、ヨーロッパ、南米、中近東、アフリカ諸国の約20か国を制覇しているが長女が生まれてからは中断。一日も早い再開を日々夢見ている。

今、街の不動産屋としてもっと私を知って頂くため、思い出話を少々…

ガキ大将だった幼少時代

私は、昭和36年栃木県の岩舟町という片田舎でこの世に生を受け、そこで幼少時代を過ごしました。
その頃の私はと言うと、身体も大きくガキ大将だったとのことです。
「夏の暑い日に、制服を肩に掛け、ランニングシャツ一枚で他の子を引き連れて、幼稚園からさっそうと帰って来た姿が忘れられない」 と時々うれしそうに母が話してくれました。
6歳の小学校に上がる少し前、父の仕事が工場から本社勤務に変わったことにより、祖父母を栃木に残し、池袋の2Kの小さなアパートに一家四人で引っ越すことになりました。

写真

栃木に住んでいた時

初めての大都会

田舎者の私にとってそこは、初めて見る大都会でした。
土の無いアスファルトの校庭、家の周りは車も通れないほどの狭い路地、アカ抜けた近所の都会っ子達、子供ながらになかなか都会に馴染めない自分を感じていました。
しかし、そこには何でも揃っていました。よく行く交通博物館では、今まで見たことも無いカッコいい電車の模型が走っていました。近くのストアに行けば、今まで食べたことの無いおいしいお菓子が売っていました。
 …が…
それでも何とか、子供ながらに気の合う友達を見つけ、都会の空気にも少しずつですが慣れて行きました。

二度目の引っ越しと自分の変化

しかしそんな矢先、また急な出来事が起こったのです。私が8歳、小学二年生の時でした。
今度は、父が川越の新河岸に念願のマイホームを購入し、また一家で引っ越すことになったのです。
やっと作った数少ない友達とも別れ、またまた慣れない土地での新しい生活が始まったのです。
その頃の私はと言うと、内気で学校で喧嘩も出来ず、田舎のガキ大将の姿はすっかり影を潜めてしまっていたとのことです。
「二度の引っ越しによる環境の変化から、この頃急に性格が変わった」 と大人になってから母が(謝るように)言っていたのを思い出します。大人は少し離れても連絡を取り合え関係を続けられますが、子供はその都度周りとの関係が切れてしまいます。
そんなことがあってから約30年、この新河岸こそが私にとっての本当の落ち着く場所となったのです。
父は懸命に働き、無理をしながらもマイホームを購入し、母は私たち三人の子供を一人前に育ててくれました。今思うと、両親には本当に感謝しています。(その父も、引っ越して5年後、家族を残し他界してしまったのですが)

写真

新河岸に移った頃
母、弟、妹と

今の仕事の原点

ひょんな事から私は今こうして不動産屋を営み、皆さんの家探しのお手伝いをさせてもらっています。
よく、お父さんお母さんが小さな子供を連れて、店に家探しに来られます。
そういう子供達の無邪気な顔を見るたびに、「この子達のためにも早く落ち着いて暮らせる家が見つかればいいなぁ」と感じることがあります。
もしかしたら、自分自身の子供の頃の引っ越しによる寂しさが今の仕事の原点になっているのかも知れません。

現在の自分

私には大学生の娘と息子がいます。
「お父さんの仕事は家を買ったり売ったりする人のお手伝いをすることだよ」 と何度か教えたことはありますが、たぶん良く理解はしていないでしょう。
しかし何年か経って子供達も大人になれば、父親の仕事がどんなことで周りからどう思われているのか?を知る時が来るはずです。まして、自宅からほど近い同じ生活圏内に店舗を構え、働く姿を毎日見ているわけですから。

「お父さんは人の役に立ち、喜ばれる仕事をしているんだ」
その時にそう感じて欲しい。

子供達に胸を張って自慢できる不動産屋を続けていくことを誓います。

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